道具・発明の歴史

【道具・発明の歴史 #25】NC工作機械とロボット——マザーマシンがデジタルと出会う

クイズをひとつ。工作機械に取り付けた刃物の動きを、人間の熟練工に代わって初めて「指示」したのは、いったい何だったろうか。答えは、一本の紙テープに開けられた無数の穴である。しかもその開発を求めたのは、家電メーカーでも自動車メーカーでもなく、アメリカ空軍だった。ミシンや自動車の量産で腕を磨いてきた工業国が、なぜ空軍という顧客に頼らざるを得なかったのか。そこには、当時の職人技だけではどうしても超えられない壁があった。

第6回の続編——マザーマシンが職人の手を離れる

第6回で見た通り、モーズリーのねじ切り旋盤は「精度が精度を生む連鎖」を生み出し、工作機械は「マザーマシン(母なる機械)」と呼ばれるようになった。基準となる親ネジが、より正確な子のネジを産む。この連鎖は19世紀から20世紀を通じて工作機械の精度を押し上げ続けたが、そこで機械を操っていたのはあくまで熟練職人の手と目だった。図面を読み、勘と経験で刃物を送る限り、量産できる速度にも複雑な形状にも限界がある。この連鎖にもう一段を加えたのが、20世紀半ばに登場した数値制御(NC=Numerical Control、数値情報で機械の動きを指令する方式)工作機械である。発明は、事情・環境・他の道具が揃って初めて意味を持つ——このシリーズを貫くテーマが、ここでもう一度顔を出す。

冷戦の空、曲面という壁——なぜ空軍とMITだったのか

きっかけは1949年、ヘリコプター用ローターブレードを作る部品メーカー、パーソンズ社の技術者ジョン・パーソンズが考えたアイデアだった。ヘリコプターのブレードやジェット機の翼桁は、断面の形が根元から先端にかけて連続的にねじれながら変化する複雑な三次元曲面を持つ。これを正確に作るための型板(かたいた)づくりに、パーソンズはIBMのパンチカードで曲線上の座標を大量に計算させていた。ならば、その座標データで直接、工作機械の刃物を動かせばよいのではないか——これがNCの原点である。

このアイデアに目を付けたのがアメリカ空軍だった。当時は朝鮮戦争からの延長で東西冷戦の緊張がpiークに向かい、ジェット戦闘機や誘導ミサイルを、これまでにない精度と量で調達する必要に迫られていた。ジェット機の一体成形された翼桁や、ミサイルの空力曲面部品は、熟練工が一個ずつ手で削っていては、量産する速度にも、機体ごとの品質のばらつきにも限界がある。曲面が甘ければ空気抵抗が増え、燃費も命中精度も落ちる。空軍にとってNCは単なる効率化ではなく、軍用機の性能そのものを左右する調達上の必然だった。空軍はこの研究をマサチューセッツ工科大学(MIT)のサーボ機構研究所に委託し、資金を投じる。1952年、既存のフライス盤を改造した実験機が公開され、紙テープの指令だけで複雑な曲面を削り出してみせた。人の手では追いつかない曲面加工という軍需の要求がなければ、NCという発想がこれほど早く実用の形になることはなかっただろう。

紙テープの穴が「加工の手順」になる——数値制御の仕組み

ではNC工作機械は、具体的にどうやって刃物を動かしているのか。仕組みは意外なほどシンプルだ。まず、削りたい形を「刃物が通るべき座標(X軸何ミリ、Y軸何ミリ……という数値の並び)」に変換する。この座標の列を、紙テープに開けた穴の並び(あり・なしの2進数)として記録する。穴の並びこそが、加工の手順をそのまま情報に変えた「プログラム」である。

機械側では、各軸を動かすサーボモーター(指令と実際の位置のズレを検知し、自分で動きを修正し続けるモーター)がテープを読み取り、指定された座標に向かって動き出す。ここが最大の発明点だ。モーターにはセンサーが付いていて、「今どこにいるか(現在位置)」を常に測っている。これを「本来どこにいるべきか(指令位置)」と比較し、その差(偏差)を検出する。偏差があればあるだけモーターを動かし、ゼロに近づいたら止める。この「測る→比べる→ズレを直す」というサイクルを1秒間に何百回も繰り返すことで、刃物は指令通りの軌跡を寸分の狂いなくなぞり続ける。これを閉ループ制御(フィードバック制御)と呼ぶ。

これは、それまでの「倣(なら)い加工」とは根本的に違う発想だった。倣い加工とは、あらかじめ職人が彫った見本の型(モデル)にスタイラス(針状の触針)を当ててなぞらせ、その動きを油圧などで機械的に刃物へ伝える方法である。精度の土台は、あくまで型を彫った職人の腕にあり、型が摩耗すれば精度も落ちる。NCはこの「物理的な型」を「数値の並び」に置き換えた。型を彫る代わりに座標を計算すればよく、しかもテープは摩耗せず、書き換えれば別の形をいくらでも複製できる。加工の手順そのものが、初めてデータになったのである。

当然、現場には葛藤も生まれた。歴史家デヴィッド・ノーブルが描き出したように、NC開発の当初には、熟練工自身の手の動きをそのままテープに記録し、あとで再生する「記録再生方式」という対抗技術も存在した。これなら現場のノウハウは職人の手元に残る。しかし米空軍や大手メーカーが最終的に選んだのは、技術者が図面から座標を計算し尽くす完全数値制御方式だった。ノーブルは、この選択が技術的な優劣だけでなく、加工の主導権を現場の職人から技術者・管理者側へ移すという経営判断でもあったと論じている。図面を読む熟練の腕は、コードを書く技術へと置き換わっていく。それでも、勘に頼らず何度でも同じ精度を再現できるという利点は大きく、複雑な曲面部品を扱う航空機産業や自動車産業を中心に、NC工作機械は着実に工場へ広がっていった。

半導体が変えた勝負——CNCと日本の逆転

初期のNC装置は真空管や大型の電子回路を積んだ、それ自体が高価で場所を取る仕掛けだった。ここでもう一つの道具が揃う。半導体とマイクロプロセッサの小型化・低価格化である。制御回路がコンピュータに置き換わり「CNC(コンピュータ数値制御)」へと進化したことで、装置は小さく、安く、扱いやすくなった。この条件が整って初めて、NCは軍需品や大企業だけのものから、中小の町工場でも手が届く道具へと開かれたのである。

高すぎた米国、選んだ日本——ファナックと通産省

ではなぜ、この転換の主役が日本になったのか。米国のNC発展は、そもそも空軍とMIT、そして少数の大手航空機メーカーという「大口の軍需・航空需要」を出発点にしていた。米国の工作機械メーカーは、自社の機械に最適化した専用のNC装置を自前で開発しようとする傾向が強く、機械とNC装置が一体不可分の高価な大型システムになりやすかった。大手航空機メーカー向けには理にかなった選択だったが、そのぶん価格は下がりにくく、無数に存在する中小の部品加工業者にまでは、なかなか裾野が広がらなかった。

日本の事情はまるで違った。戦後の航空機産業は占領政策で長らく制限され、米国のような巨大な軍需発の機械需要は存在しない。その代わりに日本には、自動車や電機など、多品種少量の部品を作り続ける無数の中小工場という巨大な市場があった。そこで日本では、工作機械メーカーとは別に、電機メーカーの富士通(のち独立してファナックとなる)が、どの機械にも載せられる汎用のNC装置そのものを専業で開発するという道を選んだ。技術者・稲葉清右衛門らは1959年、モーターの回転を数値パルスで正確に制御する電気油圧パルスモーターと、その計算方式を実用化し、1972年には世界初のコンピュータ内蔵型CNC「FANUC250」を送り出す。機械の"体"と装置の"頭脳"を切り離して規格化したことで、NC装置は量産によって安くなり、牧野フライスや日立精機、オークマなど各社の中小型汎用機に幅広く搭載できるようになった。

この動きを後押ししたのが、通産省による産業政策である。1956年に制定された機械工業振興臨時措置法は、乱立していた中小の機械・部品メーカーの近代化や品質向上を、低利融資などの形で支援する枠組みだった。巨大な航空機産業を持たない日本が、代わりに中小企業の底上げという方向へ産業政策を振り向けたことが、ファナックの汎用NC装置が根を張るための土壌になったとも言える。高価で専用的な大型機に向かった米国と、安価で汎用的な小型機に磨きをかけた日本——同じNCという技術が、市場と政策の違いによって全く別の育ち方をしたのである。結果として1980年代以降、日本は工作機械の生産額で世界一を長く維持し、受注の約7割を海外向けが占めるまでになった。

NCが磨き上げた「動きをデータで指示する」という発想は、そのまま溶接や組み立てを担う産業用ロボットの制御にも受け継がれ、日本は工作機械と産業用ロボットの双方で世界有数の供給国となった。現在ではマシニングセンタや5軸加工機、3Dプリンタ、稼働状況を常時ネットワークで監視するIoT化された工作機械へと発展し、モーズリーが始めた「精度が精度を生む連鎖」は、姿を変えながらデジタルデータの中でいまも続いている。第6回で職人の手から生まれた「精度」は、いま工場のネットワークを流れるデータそのものになっている。

次回は、シリーズ最終回。インターネットとGPS——軍事研究が無料インフラになるまでを追います。

出典・参考文献

  • David F. Noble, *Forces of Production: A Social History of Industrial Automation*, Alfred A. Knopf, 1984
  • 日本工作機械工業会「工作機械産業の歩み」(Web資料)
  • John T. Parsons / History of numerical control(MITサーボ機構研究所と1952年Cincinnati Hydro-Tel実験機に関する記録)
  • 公益財団法人日本立地センター「戦後日本のイノベーション100選」NC工作機械の項(ファナックの技術革新、日本の工作機械生産額の推移)
  • 日経クロステック「稲葉清右衛門氏を悼む」ほかファナック関連記事(NC装置開発・1972年FANUC250)
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