例会に参加する ログイン 新規会員登録
道具・発明の歴史

【道具・発明の歴史 #50】ハーバー・ボッシュ法——空気からパンを作る

私たちが吸っている空気の約八割は窒素である。窒素は生き物の体をつくるタンパク質に欠かせない元素で、頭の上に無尽蔵にある。それにもかかわらず、人類は長いあいだ窒素の不足に苦しみ、畑の収穫はそこで頭打ちになっていた。豊富にあることと、使えることは別である。

空気中の窒素は、二つの原子が非常に強く結びついた分子として存在している。この結合は頑丈で、ほとんどの生き物はこれをほどけない。植物が吸えるのは、アンモニアや硝酸のかたちに変わった「固定された窒素」だけだ。自然界でそれを作れるのは、マメ科植物の根に住む微生物と、雷くらいのものだった。

有限だった肥料

十九世紀の農業は、この不足を外から買ってくることで支えていた。南米ペルー沖の島に何千年も積もった海鳥の糞、グアノ。そしてチリ産の硝石である。どちらも産地が限られ、掘れば減る。船で運ばれてきた資源に、ヨーロッパの食糧が依存していた。

一八九八年、化学者ウィリアム・クルックスは英国の学会での講演で、このままでは小麦が足りなくなると警告し、大気中の窒素を固定することが化学者の課題だと述べた。問題は明確に共有されていた。足りなかったのは問題意識ではない。

実験室では、水滴ほどしかできなかった

一九〇九年、フリッツ・ハーバーが窒素と水素からアンモニアを合成する実験に成功する。高い圧力と高い温度をかけ、触媒の上を通す。ただしこの反応には意地の悪い性質があった。温度を上げれば反応は速くなるが、アンモニアは分解しやすくなる。温度を下げれば安定するが、反応が進まない。両立させるには、とにかく圧力を上げるしかない。

ハーバーの装置が作り出したアンモニアは、毎時、数十グラムに満たない量だった。原理の証明としては完璧で、商品としては何の意味もない。

発明されたのは、反応ではなく容器だった

この実験を工場にしたのが、染料会社BASFの技術者カール・ボッシュである。第19回で見た合成染料の産業が、高圧・高温を扱う化学工学の技術者集団を育てていた。

しかし工業規模で試すと、鋼鉄の反応容器が次々と割れた。高温高圧の水素は、鋼の中に入り込んで炭素と反応してしまう。炭素を失った鋼は内部から脆くなり、圧力に耐えられなくなる。強い材料を使うほど、水素はその強さの理由(炭素)を奪っていった。

ボッシュの解決策は、二重構造だった。圧力を受け持つ外側の厚い鋼の筒の内側に、炭素をほとんど含まない軟らかい鉄の筒を入れる。水素は内筒を通り抜けてしまうが、外筒に小さな穴を開けておき、しみ出した水素をそこから逃がす。圧力は外筒が支え、化学的な攻撃は内筒が引き受け、通り抜けたものは外へ捨てる。役割を分けたのである。

触媒も総当たりで探された。同僚のアルヴィン・ミッタシュらは膨大な数の組み合わせを試し、鉄を主体に微量の成分を加えたものにたどり着く。理屈から導いたのではなく、片端から試して見つけた。

一九一三年、オパウの工場が動きはじめる。ハーバーの卓上実験から四年、変わったのは化学ではなく、化学を閉じ込めておける鉄の箱だった。ここには第49回の話が効いている。安い鋼が大量に手に入り、その性質が数字で語れるようになっていなければ、この容器は作れない。

火薬にも、食糧にもなった

アンモニアは硝酸に変えられる。硝酸は肥料にもなるが、火薬にもなる。第一次世界大戦が始まり、海上封鎖でチリ硝石が入らなくなったドイツが戦争を続けられたのは、この工場があったからだという評価は広く共有されている。ハーバー自身は毒ガスの開発にも深く関わった。第26回や第41回で見た、軍事と民生が同じ技術の表と裏になる構造が、ここにも現れている。

戦後、この方法は世界中に広がった。現在、農業に使われる窒素肥料のほとんどはこの反応から来ている。人間の体をつくっている窒素のうち、かなりの割合が合成アンモニア由来だと推計されており、二十世紀の人口増加はこの反応なしには説明できない。

同時に宿題も残した。畑に撒かれた窒素のすべてが作物に取り込まれるわけではなく、川や海に流れ出せば富栄養化を起こす。反応そのものが高温高圧を必要とするため、世界のエネルギー消費のうち無視できない割合をこの工程が使っている。普及を支えた性質が、そのまま課題として戻ってくるのは、第22回のプラスチックや第46回の冷媒と同じ形である。

条件が揃うまで、空気は空気のままだった

発明は、事情・環境・他の道具が揃って初めて意味を持つ。窒素が空気中にあることは十八世紀から知られていた。反応式も、平衡の理屈も、二十世紀初頭には手が届いていた。それでも空気がパンに変わるには、高圧に耐える鋼と、それを内側から守る二重の筒と、圧縮機と、石炭から水素を作る設備と、染料で稼いだ資本と技術者と、そして肥料を買う農業経済が、同時に必要だった。

化学の教科書はハーバーとボッシュを並べて書く。だが実際に世界を変えたのは、ボッシュ側の仕事——分かっている反応を、壊れない装置で、毎日動かし続けられるようにしたことだった。ものづくりの本体は、たいていそちら側にある。

次回は「#51 緑の革命——肥料だけでは、麦は倒れる」を予定している。 窒素が余るほど手に入ったあと、こんどは作物の側を作り替える話になる。

出典・参考文献

Vaclav Smil『Enriching the Earth: Fritz Haber, Carl Bosch, and the Transformation of World Food Production』MIT Press, 2001

Thomas Hager『The Alchemy of Air』Harmony Books, 2008

一覧に戻る

MONODSUKURI MEETUP

ものづくり経営者の例会に、
遊びに来ませんか?

製造業・職人・メーカー系の経営者が毎月オンラインで集まり、紹介とつながりを生む場。
初回はゲストとして3,000円でご参加いただけます。

次回開催: 11/17(火)18:00–20:00 / 12/15(火)18:00–20:00 (毎月 第3火曜・オンライン)