自動車が広まりはじめたころ、沿道の住民がもっとも強く抗議したのは、騒音でも事故でもなく埃だった。一台走り去るたびに白い雲が立ち、洗濯物も作物も家の中も粉まみれになる。原因は車ではなく、道のほうにあった。当時の「良い道路」は砕石を敷き詰めたもので、石と石のすきまは細かい石の粉で埋めて締め固めてある。鉄輪の馬車がゆっくり踏み固めるぶんには保つが、ゴムタイヤが速度をつけて通ると、その粉を吸い上げて撒き散らしてしまう。前回まで見てきた空気入りタイヤは、自分が走るための路面を自分で壊していたわけである。
ローマの道は、手本にならなかった
道を層構造で作る技術そのものは古い。ローマの街道は、下から大きな石、割石、砂利と積み上げ、表面を締めた立派なものだった。ただしあれは軍団が歩き、荷車がときどき通る道であり、維持には帝国という組織が要った。帝国の側が消えると補修が止まり、ヨーロッパの陸の移動はその後千年以上、ぬかるみとわだちに付き合い続ける。第47回のコンクリートと同じで、技術が失われたというより、それを毎年直し続ける仕組みのほうが先に失われた。
十八世紀のイギリスで先に整ったのは、工法ではなく金の流れだった。区間ごとに関所を設けて通行料を取り、その収入で道を直す有料道路組合が各地にできる。払う人と直す人がつながって、はじめて「道を良くすると誰かが得をする」状態が生まれた。技術者が呼ばれるのは、そのあとである。
マカダムが直したのは、石ではなく水
フランスのトレサゲ、イギリスのテルフォードは、大きな石を敷き並べた頑丈な路盤の上に砕石を載せる方式をとった。確かに保つが、高い。
ジョン・ラウドン・マカダムの主張は、そこと違っていた。彼によれば、土の路床そのものが荷重を支えられる——ただし乾いていれば、という条件つきで。道が沈み、わだちが割れて崩れていくのは、荷が重いからではなく、水が路床にたまって泥になるからである。ならば必要なのは分厚い基礎ではなく、水を入れないことと、入った水を出すことだ。
だから彼の工法は徹底して地味である。まず道を周囲の地面より高くする。路面を中央がわずかに高いかまぼこ形にして、雨を左右へ落とす。両側に排水の溝を掘る。その上に、一定の大きさ以下に割った、角のある砕石だけを薄く敷く。丸い玉石は互いに噛み合わないので使わない。石の寸法をそろえるのは見た目の話ではなく、粒どうしが噛み合って一枚の層として働くためだ。締め固めは、通行する車そのものにやらせた。
マカダムが持ち込んだのは新しい材料ではない。石の大きさという規格と、それを守らせる監督である。安く、速く、特別な職人でなくても作れた。だから広まった。
埃という副作用が、次の層を呼んだ
そのマカダム舗装が、自動車の登場で埃をまき散らす。対策として路面にタールを撒いてみたところ、埃が収まるだけでなく、水も入らなくなった。二十世紀のはじめ、イギリスで砕石にタールを混ぜて敷き固める方法が特許になり、タールマカダム、縮めてタールマックと呼ばれるようになる。表面を塞ぐという発想は、マカダムが水を逃がすことで解いた問題を、逆から解いたことになる。
粘りのある結合材としては、天然に産するアスファルトが十九世紀半ばのパリやロンドンですでに試されていた。ただし産地が限られ、高い。事情を変えたのは石油精製である。第21回で、ガソリンは灯油を採ったあとの厄介な副産物だったと書いた。同じ樽の反対の端、いちばん重くて何にもならない残りかすが、アスファルトだった。自動車が増えて石油を大量に精製するほど、この残りかすも大量に出る。車が増えるほど、車が走る道の材料が余るようになった。
舗装は、作るものではなく払い続けるもの
道路の歴史には、いったん後退する時期がある。鉄道が長距離輸送を奪うと、有料道路組合は収入を失って次々と消え、道はふたたび荒れた。舗装が全国規模で進むのは、自動車の税や燃料税という、走った人が走った分だけ払う仕組みができてからである。
発明は、事情・環境・他の道具が揃って初めて意味を持つ。舗装道路の場合、揃うべきものは砕石とタールだけではなかった。石を規格で管理するやり方、排水という考え方、余る石油残渣、そして毎年の補修費を誰がどう出すかという制度。どれが欠けても、路面はもとの泥に戻る。
そして舗装された道には、もうひとつの性質がある。固めてしまうと、掘り返すのが高くつく。つまり道を作るときには、その下に何を通すかを先に決めておかなければならない。十九世紀の都市が地面の下に埋めることになったのは、水を運ぶ管と、汚れた水を捨てる管だった。
次回は「#54 上下水道——便利な便器が、都市の水を汚した」を予定している。 清潔にするための道具が、受け皿のないまま普及したときに何が起きたか、という話になる。
出典・参考文献
M. G. Lay『Ways of the World: A History of the World's Roads and of the Vehicles That Used Them』Rutgers University Press, 1992
Bruce E. Seely『Building the American Highway System: Engineers as Policy Makers』Temple University Press, 1987