肥料を二倍にすれば、収穫も増える。そう思うのが自然である。ところが二十世紀の半ば、実際に畑で起きたのはその逆だった。窒素肥料を増やすほど麦はよく育ち、そしてよく倒れた。倒れた麦は刈れない。第50回で見たハーバー・ボッシュ法によって、人類は空気から窒素を取り出す方法を手に入れた。肥料はもう足りている。にもかかわらず、収量は頭打ちのままだった。足りなかったのは肥料ではなく、その肥料を受け止められる植物のほうだった。
背が高いことは、長いあいだ長所だった
在来の小麦は背が高い。人の腰から胸ほどまで伸びるものも珍しくなかった。これは欠点ではない。茎は家畜の飼料になり、屋根を葺く材料にもなり、丈があれば雑草との日光の奪い合いにも勝てる。手で刈る時代には、腰をかがめずに済むほうが楽でもあった。
その長所が、肥料が潤沢になった瞬間に短所へ反転する。窒素を多く与えられた麦は茎を伸ばし、穂を大きく重くする。そこへ雨が降り、風が吹けば、自分の実の重さで倒れる。倒伏である。倒れた麦は地面で蒸れて病気になり、機械では拾えない。
つまり、こういうことになる。肥料という道具の性能を、植物の構造が制限していた。どれだけ空気からアンモニアを作れるようになっても、受け手の側が変わらなければ、その能力は畑に届かない。
日本の畑にあった遺伝子
解決の鍵は、意外な場所にあった。日本の小麦品種「農林十号」である。背丈が低く、穂が重くなっても倒れにくい半矮性の性質を持っていた。日本では明治以来、肥料をよく効かせるために背の低い麦が選ばれてきた経緯がある。
一九四〇年代後半、占領下の日本を訪れたアメリカの農学者がこの品種を持ち帰り、ワシントン州で育種に使われる。その系統が、ロックフェラー財団の事業でメキシコにいたノーマン・ボーローグの手に渡った。ボーローグはこれを現地の小麦と掛け合わせ、背が低く、肥料によく応え、さび病に強い品種を作り出していく。
ここで重要なのは、新しい性質を発明したわけではないという点である。短稈の遺伝子は日本の畑にとうの昔からあった。ただ、それが意味を持つ環境——大量の窒素肥料が安く手に入る世界——が、まだ存在していなかっただけだ。
年に二度、種をまく
ボーローグの仕事でしばしば語られるのは、品種そのものより育種のやり方である。彼はメキシコ国内の標高も緯度も違う二つの土地を往復し、一年に二回栽培した。これで育種にかかる年数が半分になる。
副産物のほうが大きかった。条件の違う二か所で交互に選抜された系統は、日の長さに左右されにくい性質を帯びた。結果として、メキシコで作った麦がインドでもパキスタンでも育つようになる。手間を省くための工夫が、品種の適用範囲を広げていた。
一九六〇年代後半、南アジアは深刻な食糧危機の予測のただなかにあった。人口が増える速さに食糧生産が追いつかず、大規模な飢饉は避けられないという見方が公然と語られていた時期である。そこへこの小麦が入る。
稲でも同じことが起きた。フィリピンに設けられた国際稲研究所が、台湾の短稈品種を親に使って「IR8」を育成する。やはり背が低く、肥料に応え、日の長さを選ばない。「奇跡の米」と呼ばれたこの品種が広まって、数年で収量は目に見えて変わった。一連の動きが緑の革命と呼ばれるようになるのは、飢餓による社会の混乱——赤い革命——を回避したという意味合いからだったとされる。
種だけでも、やはり足りない
ただし、種を配れば増えたわけではない。短稈品種が力を発揮するには、肥料が買えること、水が計画的に引けること、病害虫を抑えられること、そして穫れすぎた分を運んで売れる道路と市場があることが、同時に必要だった。どれか一つが欠ければ、在来種より成績が悪いことすらある。
発明は、事情・環境・他の道具が揃って初めて意味を持つ。緑の革命が南アジアで効いてアフリカの多くの地域で効かなかった理由は、品種の出来ではなく、この一式が揃わなかったことに帰せられることが多い。灌漑設備も、肥料を運ぶ道路も、買う資金もない場所では、優秀な種は優秀なまま何も変えない。
宿題も残った。灌漑のための地下水の汲み上げすぎ、肥料と農薬を買える農家とそうでない農家の差、そして限られた品種に広い面積を預けることの危うさである。第22回や第46回と同じく、普及を支えた性質が、そのまま課題として戻ってくる。
ものづくりの現場から見ると、この話は「良い部品を作っても、受け手の構造が変わらなければ性能は出ない」という、ごくありふれた事実の農業版である。出力を上げたければ、上げた出力を受け止める側を先に作り直さなければならない。ボーローグがやったのは、肥料の増産ではなく、肥料が意味を持つ植物を用意することだった。
次回は「#52 ゴムと加硫——夏に溶けて、冬に割れる材料」を予定している。 植物の側を作り替えた話の次は、植物が出す樹液を工業材料へ作り替えた話になる。
出典・参考文献
John H. Perkins『Geopolitics and the Green Revolution: Wheat, Genes, and the Cold War』Oxford University Press, 1997
Vaclav Smil『Feeding the World: A Challenge for the Twenty-First Century』MIT Press, 2000