脱炭素の話になると、たいてい「設備を入れ替える」という話になる。だからこそ、ドイツの化学大手ランクセスが2026年8月に発表した事例は目を引く。工場も、乾燥機も、製品もそのまま。替えたのはバーナーで燃やすものだけ。天然ガスをやめて、水素にした。
何が起きたか
ランクセスは、ドイツ・クレーフェルト=ウアディンゲンにある酸化鉄顔料の工場で、スプレードライヤー(噴霧乾燥機)の燃料を天然ガスから水素に切り替えた。同社によれば世界最大級の酸化鉄顔料生産拠点であり、ドイツで水素を燃料として連続運転する大規模な産業設備としては最初期の事例のひとつになる。削減されるCO2は年間約6,000トン。
バーナーは2025年後半に設置し、そこから段階的に立ち上げてきた。設備を丸ごと更新したのではなく、燃焼部だけを水素対応にして、既存の乾燥ラインをそのまま使っている。
なぜ画期的か
面白いのは水素の出どころだ。隣接するコベストロの工場が塩素電解を行っており、その副生水素をパイプラインで直接受け取っている。わざわざ水素を作るのでも、遠くから運んでくるのでもない。隣でどうせ出ているものを、配管一本でもらう。
この二社は以前から原料をやり取りする関係にある。コベストロがニトロベンゼンをランクセスに供給し、ランクセスが酸化鉄顔料を作る過程で副生するアニリンをコベストロに返す。プラスチックの重要な原料になるからだ。今回の水素はその関係にもう一本の線を足したことになる。
技術的なブレークスルーというより、条件が揃っていたことを見つけた事例と言うべきだろう。副生水素がすぐ隣にある、乾燥という用途は燃料の質にそこまで敏感でない、既存設備の燃焼部だけなら交換できる。この三つが重なったから成立した。
日本のものづくりへの示唆
示唆は二つある。ひとつは、設備更新と工程改善を切り分けて考えることだ。「うちは古い設備だから脱炭素は無理」という言葉はよく聞くが、実際に手を入れる必要があるのは設備全体ではなく、その中の一部分であることが多い。熱源、駆動、制御。どこを替えれば効くのかを分解してから、投資額を見積もったほうがいい。
もうひとつは、隣を見るという発想である。日本の工業団地やコンビナートには、余っている熱や、捨てている副生物が今も相当ある。自社だけで完結させようとすると設備投資になるが、隣と組めば配管一本で済むことがある。これは大企業だけの話ではない。同じ団地に入っている工場同士で、蒸気や圧縮空気、切削油の再生をまとめられないか、という相談は町工場の規模でも成立する。
コスト(C)を下げる手が自社の敷地の中にしかない、と決めてかかる必要はない。
出典
- LANXESS Powers Large-Scale Plant with Hydrogen for the First Time(LANXESS・2026年8月11日)
- Lanxess Replaces Natural Gas with Hydrogen at German Pigment Plant(Chemical Processing)
- Iron oxides: Lanxess deploys hydrogen in large-scale production(European Coatings)
- Business News: September 2026(Chemical Engineering)
※原文は英語(ドイツ)です。要旨を日本語で紹介しました。