置いておくだけで、右から左へ消えていく——。
2026年7月、東京・有楽町で開かれた「日本製の覚悟店」。全国の作り手が集ったその会場で、岐阜・美濃焼の耐熱磁器「each(イーチ)」は、初日の昼過ぎには大半が売り切れた。用意した150部のリーフレットは夕方には尽き、須藤さんは岐阜の家族へLINEを打つ。翌朝、奥さまが始発の新幹線で追加を届けてくれたが、それも1時間半でなくなった。
「もう始まってしまったら、何か言ってる間もなく二日間が終わってしまった。びっくりするばっかりでした」
須藤さんが扱う「each」は、直火にかけられ、レンジも一人鍋もいける、薄くて軽い磁器だ。けれど須藤さんは、いわゆる“作り手”ではない。岐阜県土岐市駄知町で美濃焼を扱う有限会社カネ忠の須藤真一郎さん——器の売り手であり、職人(メーカー)と市場のあいだに立つ「橋渡し役」である。

日本の器の半分が生まれる町で
土岐市は、日本の陶磁器の約半分を生産する美濃焼の産地だ。
「人間国宝から、スリーコインズまで。すごい振り幅の大きい産地なんです」
なかでも駄知町は、どんぶりの町。地域ごとに得意な形が分かれる分業制のなかで、この町はどんぶりを磨いてきた。道の駅の名前も「どんぶり会館」、建物までどんぶりの形をしている。
「eachも、もともとはそのどんぶりのノウハウなんです。丼の形をそのまま、直火に使える耐熱食器に持っていった。うちの町の特徴でもあるんですよ」
カネ忠はもともと卸業。時代とともに取引先が移り変わり、いまは別事業が本業を支える。コロナ禍で会社が危機に陥ったとき、逆に伸びていたのが楽天のネットショップだった。以来、単品を売るのではなく暮らしごと提案する「生活提案型」に舵を切り、コロナ後も年平均2割の成長を続けている。eachは、その流れのなかで生まれた一枚だ。
15年越しの、「違う」からの出発
eachの原型は、いまはなき無印良品の「ヌードルボール」にさかのぼる。
「15年ほど前、お客さんが『似た商品を扱えないか』と。それで類似品を探して売り始めたら、『違う』って言われたんですよ。『こんな重くないし、こんな形じゃなかった』って」
元のメーカーを訪ね、少し違う形の器を作ってもらう。数年後、そのメーカーから「直火用の特殊な土は、もうやめたい」と告げられる。専用の土を練る機械を年中回さねばならず、少量では割に合わないのだ。須藤さんは駄知町の小さなメーカーへ相談し、型代を自ら負担して製造を引き継いだ。
それでも、お客さんからの改良要望には長く蓋をしてきた。
「ゼロから作るの、大変なんですよ。大変なんですよって、逃げ回ってきたんですけど」
背中を押したのは補助金と、商工会のひと言だった。「これだけ改良したら“新商品”と打ち出せる」。実質「二桁万円」の投資で、eachはようやくカネ忠自身のブランドになった。
「5ミリ」と「1ミリ」——素人目にはわからない改良
ここからが、この器のいちばん面白いところだ。
「形がないものを作るのが、業界で一番難しい。図面を引いて、3Dプリンターで樹脂の原型を作って、CADに起こして。最後の形を決めるのは、職人の勘なんです」
旧型には、生産効率を上げるための“台座”がついていた。ところがこれが、コンロの五徳の上で器を踊らせてしまう。eachではこの台座をフラットにし、丸すぎた形の高さをわずか5ミリ下げて、どんぶりに近い安定した姿にした。

「素人目にはわからないです。5ミリ下げただけなので」
もうひとつ、底の隅にあえて1ミリの段差をつけている。ただ平らにするより難しい。理由は、焼き上がった器を窯の棚板から外すときにある。
「1ミリつけると、棚板に密着しないんですよ。指がスッと入って、くっついてるか、ついてないかも触ればわかる。生産効率も上がるんです」
この知恵は、須藤さんひとりのものではない。市内には公立の陶磁器研究所があり、窯元同士も「あの窯はこういう特徴があるから、このやり方は良くない」と情報を交換し合う。産地まるごとが、ひとつの頭脳なのだ。
「ゼロ企画だと、他ではへたすると1年近くかかる。でも僕らなら、6ヶ月くらいで形にできるかなと」
(直火でアイボリーは焦げが目立ち苦情も出たため、その色は順に姿を消していく——そんな判断も、使い手の声を聞く売り手だからこそ下せる。)
横流しから、「橋渡し」へ
須藤さんは自分の仕事を、静かにこう位置づける。
「昔はメーカーが提案したものを、僕らはただ横流しする状態だった。それが、いろんなところから『こういうのを作ってほしい』と入ってくるようになって。要望が多いほど、メーカーはそれに応える技術ができる。その技術で、今度はメーカーが自分のオリジナルを出す。それを僕らみたいな小さいところが仕入れて、卸したり交流したり——それが、僕らのスタイルなんです」
完成まで時間のかかる器を扱うぶん、在庫を抱えるのは自分たちの役目であり、「ある意味、賭け」でもある。掛け率をできるだけ抑える“異端”な売り方も、須藤さんの矜持だ。使い手の声を職人へ、職人の技を使い手へ。その往復のなかに、eachはある。
覚悟店で見つけた、「日本製」の手ごたえ
2日間、須藤さんはほぼ一人で立ち続けた。
「8時間ずっと立って、トイレも一度も行かず。パン一つかじっただけで終わっちゃった」
それでも、直接お客さんと話せたことが財産になった。会場で渡したショップカードから楽天への流入が生まれ、トップページのアクセスは約3倍、売上は年4回の“スーパーセール”級の約2倍に跳ねた。そして、思わぬ気づきもあった。
帰宅後にほかのECサイトを眺めると、「日本製」を旗印に掲げる店が想像以上に多い。器の世界では、まだ国内シェアの半分以上を日本製が占め、危機感は薄い。けれど——選ばれにいく日本製の価値を、須藤さんは会場の熱気のなかで確かに感じ取っていた。
これから
麺との相性は抜群だという。
「ラーメン、うどん、そば。特にちゃんぽんやタンメンみたいな、具の多いものと相性がいいんです」
蓋のサンプルを見た5人のバイヤーが、その場で色を揃えて一斉に注文した——そんな嬉しい“事件”もあった。卸・小ロット・OEMにも前向きで、輸出やポップアップ出店にも手を広げていく。

産地とお客さんのあいだで、技と声を翻訳し続ける人。須藤さんのような橋渡し役がいるから、進化した日本製が、今日も食卓に届く。
取材協力:有限会社カネ忠(岐阜県土岐市駄知町)/耐熱磁器ブランド「each」 お話:須藤真一郎さん
each ブランドページ(楽天市場「暮らしのうつわやさん」)
※商品写真は同ブランドページより掲載。