道具・発明の歴史

【道具・発明の歴史 #37】飛行機——自転車屋の兄弟が、なぜ空を飛べたのか

クイズをひとつ。二十世紀の初め、空を飛ぶことに本気で挑んでいたのは、国家の予算を動かせる科学者や、資産を注ぎ込める技術者たちだった。ところが、人類で最初に動力飛行を成し遂げたのは、大学も出ていない、アメリカの田舎町で自転車店を営む二人の兄弟だった。潤沢な資金も肩書もない彼らが、なぜ名だたる先駆者たちを出し抜けたのか。答えは、彼らが「自転車屋」であったこと、そのものにある。

足りなかったのは、力ではなかった

飛行機というと、多くの人はまずエンジンの力を思い浮かべる。だが、動力さえあれば飛べるというのは誤解である。じつは一九〇三年より前、すでに何人もの挑戦者が、そこそこの力を持つ機械を空に浮かべることに成功しかけていた。彼らがことごとく墜落したのは、力が足りなかったからではない。浮いた機体を、思いどおりに操れなかったからである。

ドイツのリリエンタールは、みずから何度も滑空を繰り返し、貴重なデータを残したが、機体の姿勢を崩して墜落し、命を落とした。アメリカでは、潤沢な資金を得た著名な学者が大がかりな飛行機械を組んだものの、ライト兄弟が成功するわずか数日前、その機械は川へ真っ逆さまに墜ちている。空を飛ぶための「力」はもう十分に手の届くところにあった。足りなかったのは、いつも同じ一点——姿勢を保ち、進む向きを操る手だてだったのである。

前回の自転車を思い出してほしい。自転車は、放っておけば倒れる乗り物だ。それでも人が乗れるのは、傾きを感じ取り、体重を移して倒れる前に立て直しているからである。ウィルバーとオーヴィルのライト兄弟は、毎日その不安定な乗り物を組み、直し、乗り回していた。だからこそ、彼らは直感していた。空を飛ぶ機械もまた、勝手に安定してくれる必要はない。乗り手が刻々と姿勢を制御できればいい、と。当時の常識は逆で、多くの研究者は「ひとりでにまっすぐ飛ぶ、安定した機械」を目指して失敗を重ねていた。

三つの軸を、すべて手なずける

兄弟が取り組んだのは、機体を三つの向きすべてで操る仕組みだった。上下の傾き、左右の傾き、そして機首の向き。空を飛ぶ物体は、この三つの軸を同時に制御しなければ、たちまち姿勢を崩す。

彼らは鳥が翼の先を微妙にひねって旋回するのを観察し、翼そのものをたわませて左右の傾きを操る仕組みを考え出した。さらに方向舵と昇降舵を組み合わせ、三軸を連動させて操縦する方法を確立していく。そして完成させる前に、彼らは動力を持たないグライダーで何百回も滑空を重ね、機体を操る技術を体に叩き込んだ。いきなり飛ぶのではなく、まず確実に操れるようになってから力を足す——この順序こそが、多くの先駆者と彼らを分けた。この「操縦の思想」こそが、資金でも馬力でもない、彼らの本当の発明だった。

自転車屋の工房が、空を用意した

とはいえ、アイデアだけでは飛べない。ここで、それまでに世の中へ出そろっていた道具と技術が、一台の機体に集まってくる。

まず、正確な翼の形を知るために、兄弟は手製の風洞をつくり、二百種近い翼を自分たちで試して、先人の残した不正確なデータを刷新した。次に動力である。当時の自動車用エンジンは重すぎて使えなかったため、店の機械工が、軽いアルミの機関を新たに削り出した。そしてプロペラを回すのに使われたのは、自転車のチェーンとスプロケットである。軽く丈夫な構造を組み、精度よく部品を合わせる——自転車店で毎日していたその技術と勘が、そのまま飛行機づくりの土台になった。

発明は、事情・環境・他の道具が揃って初めて意味を持つ。軽いエンジン、正確な空気力学のデータ、自転車で磨かれた金属加工、そして何より「不安定な機械を人が操る」という自転車由来の発想。どれか一つでも欠けていれば、あの十二秒の初飛行はなかった。

十二秒が、世界を変えた

一九〇三年十二月十七日、ノースカロライナ州キティホークの砂丘で、機体はついに自力で空へ上がった。最初の飛行はわずか十二秒。しかしその日のうちに飛行時間は伸び、四度目には一分近く飛び続けた。たった数十秒の出来事が、人類が「空という新しい移動空間」を手にした瞬間だった。

飛行機は、天才のひらめきが単独で生んだ奇跡ではない。前の時代の道具と技術を受け継ぎ、束ね、そこに「操る」という一点を足した者が勝った。ものづくりの歴史は、こうして道具が道具を呼び、技術が次の技術を準備していく連鎖でできている。

次回は「#38 アルミニウム——かつて金より高価だった金属」を予定している。 飛行機を空へ運んだ軽い金属が、なぜ宝石なみの値打ちから、身のまわりに溢れる素材へと変わったのか。その逆転の物語を追う。

出典・参考文献

Tom D. Crouch『The Bishop's Boys: A Life of Wilbur and Orville Wright』W. W. Norton, 1989

David McCullough『The Wright Brothers』Simon & Schuster, 2015

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