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道具・発明の歴史

【道具・発明の歴史 #40】無線とラジオ——欠点が、そのまま商品になった日

新しい技術には、たいてい「困った欠点」がある。ふつうは技術者が総がかりでそれを潰しにかかる。ところが歴史には、欠点を潰しそこねているうちに、その欠点そのものが最大の商品になってしまったという珍しい例がある。無線である。誰にでも聞こえてしまうという致命的な弱点は、やがてラジオという巨大な産業の、そっくりそのまま土台になった。

理論が先にあり、部品はすでに出そろっていた

無線の物語は、めずらしく理論から始まる。十九世紀の半ば、イギリスのマクスウェルが、電気と磁気の振動が波となって空間を進むはずだと数式で予言した。そして一八八〇年代の終わり、ドイツのヘルツが実験室でその波を実際に作り出し、離れた場所で受け取ってみせる。ただしヘルツにとってこれは物理学の証明であって、通信の道具を作ったつもりはなかった。

そこへ現れたのが、イタリアの若者グリエルモ・マルコーニである。彼が発明した部品は、ほとんどない。波を出す装置はヘルツのもの、受け取る検波器はフランスの研究者が考えたもの、電気の基礎は先人たちのものだった。マルコーニがしたのは、それらを組み合わせ、屋外へ持ち出し、ひたすら距離を伸ばすことである。

彼の最大の工夫は、装置に高いアンテナを立て、一方を大地につないだことだった。これだけで届く距離が桁違いに伸びた。かつて活版印刷を取り上げたときにも書いたが、大発明が新発明の集まりであるとは限らない。すでに世にあるものを、誰も試さなかった組み合わせ方で使う。それもまた発明である。

それは長いあいだ「線のない電信」だった

ここで注意したいのは、当時この技術が何と呼ばれていたかである。無線電信。つまり電信の代わりであり、目指していたのは点と点を結ぶ私信の通信だった。実際、最初に本気で使ったのは海運業界である。洋上の船は、それまで岸を離れた瞬間に世界から切り離されていた。無線はその孤立を破った。一九一二年の大型客船の遭難事故は、無線が救助を呼べることと、当時の運用があまりに無秩序だったことを同時に世界へ突きつけ、各国の法整備を一気に進めることになる。

だが、線のない電信には初めから拭えない不都合があった。電波は、受信機を持つ者すべてに届いてしまう。相手だけに届けたい通信にとって、これは弱点でしかない。企業も軍も、いかにして傍受を防ぐかに頭を悩ませた。

火花から連続波へ、そして「放送」という発想

初期の無線は火花放電で電波を出していた。派手な音と火花を伴うこの方式では、送れるのは符号の断続だけで、声や音楽のような滑らかな信号は乗せられない。これを変えたのが真空管である。真空管は安定した連続の波を作り、しかも弱い信号を増幅できた。以前このシリーズで取り上げたブラウン管もトランジスタも、この真空管の系譜の上にある。連続波が扱えるようになった瞬間、電波には声と音楽が乗るようになった。

そこで初めて、あの「欠点」が正体を変える。誰にでも届いてしまうのなら、最初から全員に向けて送ればいい。相手を特定しない通信という、それまで通信の常識になかった使い方である。一九二〇年代に入ると、アメリカで定時の番組送信が始まり、受信機は家庭の家具になった。送り手と受け手が一対一で対応するという、電信も電話も当然としてきた前提が、ここで初めて崩れる。

発明は、事情・環境・他の道具が揃って初めて意味を持つ。無線という装置は何ひとつ変わっていない。真空管という部品と、家庭に受信機を置ける価格と、番組を作って流すという発想が揃ったとき、同じ装置の欠点が長所に反転した。技術の価値を決めるのは技術の中身ではなく、それを取り巻く条件のほうなのである。

道具の用途は、作った人が決めるとは限らない

マルコーニが求めたのは、遠くの一隻の船と確実につながることだった。彼が思い描いた未来に、茶の間で家族が同じ番組を聴く光景はおそらく含まれていない。それでも無線は、発明者の意図をはるかに超えた場所へ運ばれていった。

道具の用途は、作った人ではなく、それを使う社会の側が決める。この百年後、私たちはまた別の「線のない通信」に囲まれて暮らしているが、そこで起きていることも、おそらく本質は変わっていない。

次回は「#41 レーダーと電子レンジ——戦争の道具が、台所に来るまで」を予定している。 敵機を探すために磨かれた電波の技術が、なぜ食べ物を温めることになったのか。その転用の物語を追う。

出典・参考文献

Susan J. Douglas『Inventing American Broadcasting, 1899-1922』Johns Hopkins University Press, 1987

Hugh G. J. Aitken『The Continuous Wave: Technology and American Radio, 1900-1932』Princeton University Press, 1985

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