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道具・発明の歴史

【道具・発明の歴史 #48】板ガラス——溶けた金属の上に浮かべる、という解法

二〇世紀の半ばまで、歪みのない平らなガラス板を作る方法は、ひとつしかなかった。作ってから、削って磨くのである。

いったん板の形にしたガラスの両面を、砂や研磨材で削り、少しずつ細かい粒に替えながら仕上げていく。厚みのかなりの部分が粉になって捨てられ、時間と電力と人手を食う。板ガラスが高価だった理由は、ガラスそのものではなく、この工程にあった。

一九五九年に世に出たフロート法は、この工程を丸ごと消した。削るのをやめたのではない。削らなくても平らなものを作ることにしたのである。

平らにするのが、なぜ難しいのか

ガラスを窓にするには、平らで、厚みが均一で、透かして見た像が歪まない板が要る。しかし溶けたガラスは水飴のように粘る液体で、放っておいても平らな板にはならない。

古い方法は、吹きガラスの延長だった。大きな球を吹いて回転させ、遠心力で円盤に広げるクラウン法は、中心に吹き竿の跡が残り、大きさにも限りがある。円筒を吹いて縦に切り開き、炉で温めて平らに伸ばすシリンダー法は、より大きな板が取れるが、表面はどうしても波打つ。

近代の窓が長く小割りだったのは、意匠の趣味というより、大きな一枚が作れなかったからである。ガラスの格子は、材料の制約の跡だ。

一九世紀から二〇世紀初めにかけて、溶けたガラスを連続して引き上げる機械が実用になり、板ガラスは大量生産の商品になる。それでも引き上げの過程で表面には微細なうねりが残り、映る像がわずかに歪んだ。歪みを嫌う用途——鏡、店舗のショーウィンドウ、そして自動車——には、削って磨いた板ガラスを使うしかない。値段が一桁違う世界が、二つ並んで存在していた。

液体の上に浮かべる

イギリスの板ガラス会社ピルキントンの技術者アラステア・ピルキントンが着想したのは、単純な原理である。液体の表面は、放っておいても平らになる。ならば、溶けたガラスを、それより重くて反応しない別の液体の上に浮かべればよい。上面は重力と表面張力で平らになり、下面は液体の平らな面をそのまま写し取る。

問題は、その液体に何を使うかだった。条件が厳しい。ガラスがまだ柔らかい八〇〇度前後で液体でいられること、つまり融点が十分に低く、沸点が十分に高いこと。ガラスより重いこと。そしてガラスと反応せず、溶け込んで濁らせないこと。

答えは錫だった。融点は約二三二度、沸点は二〇〇〇度を超える。ガラスの二倍以上の密度がある。溶かした錫の浅い浴を作り、その一端から溶融ガラスを連続して流し込み、反対の端からゆっくり引き出しながら冷やす。浮いているあいだに平らになり、そのまま固まる。研磨は要らない。

原理は美しい。ただし、原理が分かってから商品になるまでに七年かかった。

厄介だったのは錫のほうである。高温の錫は酸素があるとすぐ酸化し、酸化錫がガラスの裏面に付着して製品にならない。そこで浴の上を窒素と水素の混じった気体で満たし、酸素を締め出す必要があった。ガラスの流入量、引き出す速度、浴の温度分布——厚みを一定に保つ条件は、どれも実験で詰めるしかない。この期間、生産ラインは大量の不良品を出し続けたと伝えられる。発明の中身は原理ではなく、工程条件のほうにあった。

一九五九年に量産が発表されると、方式はまたたく間に世界へ広がった。現在、世界の建築用・自動車用の板ガラスは、ほぼすべてがこの方法で作られている。液晶パネルの基板のような、さらに厳しい平面度を求める用途も、この延長線上にある。

ガラスの壁は、ガラスだけでは建たない

安く歪みのない大板が手に入るようになって、建物の壁は変わった。構造を柱と梁に任せ、外周を薄い皮で覆うカーテンウォールは、ガラスの箱のようなビルを可能にした。

だが、これはガラスだけの手柄ではない。荷重を受け持つ鉄骨と鉄筋コンクリート(第47回)がなければ、壁は建物を支える役目から解放されない。人が上階まで上がるにはエレベーター(第43回)が要る。そして何より、全面ガラスの部屋は日射で温室になる。空調(第46回)のない全面ガラスのビルは、夏に使えない建物である。

発明は、事情・環境・他の道具が揃って初めて意味を持つ。フロート法が変えたのは製造コストだが、それが「ガラスの壁」という形になるためには、構造材と、昇降機と、冷房と、大きな窓に金を払う都市の側の事情が同時に揃う必要があった。四つのうち一つ欠けても、あの景色にはならない。

そして安くなったガラスは、次の宿題も連れてきた。ガラスは熱をよく通す。壁一面がガラスになれば、冷暖房の負荷はその分だけ増える。金属の薄膜を蒸着して熱線を反射させる低放射ガラス、二枚の板のあいだに空気やガスを閉じ込める複層ガラス——現在の板ガラスの技術開発の多くは、平らに作る問題ではなく、平らにできてしまったあとの問題に向けられている。

研磨をやめた、という発想

ものづくりの現場から見ると、フロート法のいちばんの教訓は錫の選定ではない。仕上げ工程を改善するのではなく、仕上げが要らない状態で作るという発想の転換にある。

研磨を速くする研究をいくらしても、削る限り材料は捨てられる。液体の平面をそのまま使うと決めた瞬間に、その工程は消える。良い工程とは速い工程ではなく、無くせる工程を無くした工程だ、という話である。

次回は「#49 安い鋼——一八五六年に、鉄の値段が変わった日」を予定している。 鉄筋にも、鉄骨にも、レールにも必要だった「安い鋼」が、どこから来たのかをたどる。

出典・参考文献

Alan Macfarlane and Gerry Martin『Glass: A World History』University of Chicago Press, 2002

T. C. Barker『The Glassmakers: Pilkington 1826-1976』Weidenfeld & Nicolson, 1977

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