オーストリアのウィーン工科大学(TU Wien)とウィーン大学の生物物理学者チームが2026年7月、海に住むゴカイ(多毛類)の顎(あご)を調べた結果、これは既存のどの材料区分にも当てはまらない「バイオメタル(bio-metal)」という新しい材料の分類にあたると提唱した。論文は『Biophysics Reviews』に掲載されている。
何が見つかったのか
対象となったのは Platynereis cultrifera などのゴカイの顎である。この顎は、獲物を噛み砕けるほど硬い。しかし骨や貝殻のように結晶化した無機物でできているわけではない。構造タンパク質を金属イオンで架橋(つなぎ止め)した構造で、有機物でありながら金属に近い機械的性質を示す。
研究チームは、バイオメタルと呼ぶための条件を3つ挙げている。硬いこと、特有のひずみ挙動を示すこと、そしてイオンとタンパク質の構造が明確に定義されていることである。
とりわけ決め手となったのが「大きさに依存する弾性」だ。銅や銀といった一般的な結晶金属も、微小領域では硬さが寸法によって変わる現象(サイズ効果)を示す。だが、ゴカイの顎で測定されたような「弾性そのものが寸法で変わる」挙動は示さない。ここが、既存の金属とも生体鉱物とも違う、独立した分類だとする根拠になっている。
なぜ画期的か
金属材料の硬さは、ふつう高温の炉と大量のエネルギーを使って作り出す。ところがこのゴカイは、常温の海水中で、タンパク質と海水に溶けている金属イオンだけを材料に、噛み砕けるほど硬い部品を組み上げている。低温・常圧・水中という、製造業から見れば最も条件の悪い環境で高性能材料が成立しているわけだ。
これを「珍しい生き物の話」で終わらせず、硬さ・弾性・構造という測定可能な条件に落とし込み、新分類として定義した点に意味がある。定義ができれば、人工的に再現する目標が立つ。軽くて極めて丈夫な合成材料へ向けた、バイオインスパイアード材料設計の入口になる。
日本のものづくりへの示唆
ひとつは、「熱をかけない硬さ」という視点である。焼入れ・焼結・溶接——硬さや接合を熱で得るのが製造業の常識だが、熱をかければ歪みが出て、後工程で矯正や追加加工が要る。常温で組み上がる材料が実用化すれば、この歪みとの戦いそのものが減る。エネルギーコストの面でも無視できない。
もうひとつは、「材料の分類そのものを疑う」という姿勢だ。今回の研究は新素材を合成したのではなく、既にあったものを精密に測り直し、既存の枠に入らないと結論づけた。現場でも、手に馴染んだ材料を「これはこういうもの」と分類したまま扱っていることは多い。測り直してみたら別の使い道が見える——その入口は、案外すぐそばにあるのかもしれない。
出典
- This ancient sea worm has "bio-metal" jaws unlike anything scientists have seen(ScienceDaily、2026年7月)
- A Sea Worm’s Incredible "Bio-Metal" Jaws May Belong to an Entirely New Class of Material(SciTechDaily)
原文は英語です。要旨を日本語で紹介しました。