米マサチューセッツ工科大学(MIT)の研究チームが、壊れやすい「分子」を電子デバイスに組み込むための新しい製造手法を発表した。論文は2026年8月3日、科学誌 Nature Nanotechnology に掲載された。発想はきわめて単純で、弱い材料を先に入れるのをやめ、最後に入れるというものである。
何が問題だったか——「工程が材料を壊す」
分子を素子として使う「分子エレクトロニクス」は、半導体の微細化が限界に近づくなかで長く期待されてきた分野だ。分子一個分、つまり1ナノメートル以下の厚みで電気のスイッチや記憶素子を作れる可能性がある。
ところが実用化を阻んできたのは、材料そのものではなく作り方だった。半導体の標準的な製造工程では、強い薬品や高温、プラズマ処理が使われる。分子はこれに耐えられない。デバイスの途中に分子を置いてから残りの工程を流すと、その分子が壊れてしまう。結果として、できあがった素子の性能や歩留まりが安定しなかった。
新手法——先に「空き部屋」を作り、あとから住まわせる
研究チーム(電気工学・計算機科学のFarnaz Niroui准教授ら)が取ったのは、工程の順序を入れ替えるという解である。
まず、標準的な半導体プロセスで電極などの部品を先に作り込んでおく。分子はまだ入れない。そのうえで分子を導入し、ナノスケールで働く自然の力——液体が隙間に引き込まれる毛細管力と、分子どうしが引き合うファンデルワールス力——を使って、デバイスを機械的に変形させ、分子を所定の位置に自己組織化的に収める。薬品でも高温でもなく、物理的な力で「閉じる」わけだ。
成果は数字に表れている。1,000個を超えるデバイスを製作し、動作した素子の平均歩留まりは96%。分子層の厚みはサブナノメートル。さらに、数万回の電気的サイクルを繰り返しても劣化の兆候が見られなかったという。研究チームは分子メモリ素子を相互接続したアレイの実証にも成功している。
日本のものづくりへの示唆——「壊れやすい部品」は工程の最後へ
この研究が面白いのは、ナノの世界の話でありながら、町工場の現場感覚とまったく同じ結論に行き着いている点である。
傷つきやすい部品、精度の出た面、後戻りできない表面処理。これらを工程の前半に置くと、以降のすべての工程が「壊さないように気を遣う工程」になる。段取り替えのたびに養生し、搬送のたびに神経を使い、それでも不良は出る。組立順序を組み替えて、弱い要素を最後に持ってくるだけで、歩留まりが変わることがある。
MITのチームがやったのは、材料を強くすることでも、工程をやさしくすることでもなかった。順序を変えて、弱い材料が過酷な工程に一度も触れないようにした。設備投資を伴わずに品質(Q)を上げられる余地が、工程表の並び順に眠っているかもしれない。
もうひとつ示唆的なのは、位置決めに「力」を使ったことだ。分子を一つずつ正確に置きにいくのではなく、毛細管力とファンデルワールス力が勝手に正しい位置へ引き込む条件を作った。治具設計でいえば、作業者が正確に合わせるのではなく、置けば正しい位置に落ち着く形にする、という考え方に近い。精度を人の技量ではなく構造に持たせる、という点で共通している。
出典
- Turning molecules into reliable electronic devices with a new fabrication platform(Tech Xplore、2026年8月3日)
- 論文:Nature Nanotechnology(2026年)DOI: 10.1038/s41565-026-02227-9
※原文は英語です。要旨を日本語で紹介しました。