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道具・発明の歴史

【道具・発明の歴史 #57】磁気記録——音を、鉄の粉に写す

鉄の線に声を記録する機械が特許を取ったのは、一八九八年のことである。ところが、この方式が録音の主役になるのは、それから半世紀近くたった第二次世界大戦の後だった。しかも本格的な普及の口火を切ったのは、発明者の国でも発明者の会社でもなく、戦争に負けた国の放送局から持ち帰られた数台の機械だった。

正しかった原理、聞こえなかった声

発明者はデンマークの技師ヴァルデマー・ポールセンである。仕組みは単純だ。マイクで声を電気の揺れに変え、それを電磁石に流す。その電磁石のすぐそばを鋼鉄の線が走ると、線は声の揺れに合わせて場所ごとに違う強さで磁化される。再生するときは、磁化された線をもう一度電磁石のそばに走らせれば、今度は線の磁気が電気の揺れを生み、受話器から声が出る。

ポールセンはこれを「テレグラフォン」と名づけ、一九〇〇年のパリ万博に出品して注目を集めた。蓄音機のように溝を刻むのではなく、目に見えない磁気として音を残す。消して何度でも記録し直せる。原理としては、のちのテープレコーダーとほとんど同じである。

それでも、テレグラフォンは事業として成功しなかった。最大の理由は、再生される音が小さすぎたことにある。鋼線から取り出せる電気はごくわずかで、受話器を耳に当ててようやく聞こえる程度だった。弱い電気を大きくする手段が、当時まだなかったのである。第40回で触れたように、弱い信号を増幅できる真空管が実用になるのは、二十世紀に入ってからだ。

鉄の線から、粉を塗った帯へ

真空管の増幅器が手に入ると、磁気録音はふたたび動き出す。次に変わったのは、記録する材料のほうだった。

一九二〇年代の終わり、ドイツのフリッツ・プフロイマーが、紙の帯に鉄の酸化物の粉を塗りつけて磁気を記録する方法を考えた。鋼線は重く、絡まり、切れたら溶接しなければならない。粉を塗った帯なら軽く、はさみで切ってのりで貼れる。この発想を電機会社のAEGと化学会社のBASFが引き継ぎ、帯の土台を紙からプラスチックのフィルムへと替えていった。第22回で取り上げたプラスチックが、ここで録音の材料になったわけである。こうして一九三〇年代半ば、「マグネトフォン」と呼ばれる録音機がベルリンで公開された。

ただし、それでもまだ雑音が多く、音楽を録るには物足りなかった。決定的な改良は一九四〇年ごろ、ドイツの放送局の技術者によってもたらされる。録音する声に、耳には聞こえない高い周波数の電流を重ねて流すと、雑音が大きく減り、音のゆがみも小さくなることが見つかったのである。交流バイアスと呼ばれるこの一工夫で、テープの音は生演奏と聞き分けにくいほどになった。戦時中、深夜にも途切れなく流れるドイツの放送が「本当に生演奏なのか」と連合国側を不思議がらせた、という話はよく知られている。

戦利品と、歌手の投資

戦争が終わると、アメリカ陸軍の通信部隊にいた技術者ジャック・マリンが、ドイツで見つけたマグネトフォンを持ち帰った。彼が国内で実演してみせると、その音に強い関心を示した人物がいた。人気歌手のビング・クロスビーである。

当時のアメリカのラジオ網は、番組を生放送するのが原則だった。録音盤では音が落ちるうえ、東部と西部の時差に合わせて、同じ番組を二度演じることさえあった。テープなら、あらかじめ収録しておいた番組を、生と変わらない音で流せる。しかもテープは切ってつなげる。言い間違いを取り除き、よい部分だけを並べ替えることができた。録音は、ただ残す技術から、作り直す技術に変わったのである。

クロスビーは自分の番組をテープで収録し、カリフォルニアの小さな会社アンペックスに資金を出した。アンペックスは一九四八年に放送局向けのテープレコーダーを送り出し、テープは放送と音楽制作の標準になっていく。

日本では、東京通信工業、のちのソニーが一九五〇年にテープレコーダーを発売した。当初はテープの土台に使えるプラスチックが手に入らず、紙のテープに磁性体の粉を塗って試作を重ねたと伝えられる。機械は重く、値段も高く、家庭にはなかなか売れなかったため、学校や役所へ用途を説いて回ることになった。

記録は、音から情報へ

発明は、事情・環境・他の道具が揃って初めて意味を持つ。ポールセンの原理は一八九八年の時点で正しかった。足りなかったのは、弱い信号を大きくする真空管と、切ってつなげる軽い帯を作るプラスチックと粉の技術と、雑音を消す交流バイアスである。そして、生放送の負担から逃れたいという放送局と歌手の事情が、最後の背中を押した。

いったん「磁気で残す」技術が整うと、その先は音にとどまらなかった。映像を記録するビデオテープ、コンピューターのデータを記録する磁気テープや磁気ディスクへと、同じ原理が広がっていく。手のひらのカセットテープも、データセンターのハードディスクも、鉄の粉に磁気の模様を写すという点では、半世紀眠っていたテレグラフォンの子孫である。

次回は「#58 光ファイバー——ガラスを、一キロ先まで透き通らせる」を予定している。 情報を鉄の粉に残す話の次は、情報を光に乗せて運ぶ話になる。

出典・参考文献

Eric D. Daniel, C. Denis Mee, Mark H. Clark (eds.)『Magnetic Recording: The First 100 Years』IEEE Press, 1999

David Morton『Sound Recording: The Life Story of a Technology』Greenwood Press, 2004

Akio Morita『Made in Japan』E. P. Dutton, 1986

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