クイズをひとつ。人類が数千年ものあいだ当たり前に使ってきた縫い針。その針の穴は、とがった先端ではなく、反対側の「お尻」に開いている。手で縫う道具としては、これで完璧に理にかなっている。ところが、この当たり前を捨てて針の穴をとがった先端の近くに移した瞬間、はじめて機械が布を縫えるようになった。番外編で日本の道具をめぐったこのシリーズ、今回は再び世界の舞台に戻り、家庭と工場の風景を一変させたミシンの物語を追う。
手縫いの常識を、まず捨てる
手で針を使うとき、私たちは針を布に刺し、糸のついたお尻側を最後まで引き抜き、また反対から刺し戻す。針は布を完全に通り抜けなければならない。この動作を機械にそのまま真似させようとすると、針をいったん手放してつかみ直す複雑な仕組みが必要になり、うまくいかない。長らく機械化を阻んでいたのは、じつはこの「手縫いの動作をそのまま機械にやらせようとする発想」そのものだった。
突破口は、発想を逆転させることにあった。針の穴を、お尻ではなく、とがった先端のすぐ近くに開ける。こうすると、針は布を貫通しきる必要がなくなる。先端が布を少し突き抜けたところで糸のループができ、そのループを別の仕組みが引っかける。針は最後まで通り抜けず、また戻ってくればよい。手縫いの常識からは決して出てこないこの一手が、機械縫いの扉を開けた。
ロックステッチという二本の糸
もう一つ欠かせなかったのが、縫い目の仕組みそのものである。手縫いは一本の糸で布を縫うが、ミシンの主流となったのは二本の糸を使う本縫い、いわゆるロックステッチだった。上から下りてくる針の糸と、布の裏側に仕込まれた小さなボビンの糸。針が作ったループの中を下糸がくぐることで、二本の糸が布の中で互いに絡み合い、固くほどけない縫い目ができる。
このロックステッチ方式を実用的な機械にまとめ、1846年に特許を取ったのがアメリカのイライアス・ハウである。ただしハウの機械はまだ完成品とは言いがたく、その後、複数の発明家が改良を重ねていった。針の上下、布の送り、糸の供給という複数の動きを、一つの回転から正確なタイミングで取り出す——ミシンは、これまで本シリーズで見てきた歯車や機構の知識が総動員された、精密機械の結晶でもあった。
シンガーがそろえた、二つの条件
技術としてのミシンを、誰もが買える家庭の道具に変えたのは、アイザック・シンガーとその会社だった。シンガーが持ち込んだのは、二つの「機械の外側」の条件である。
一つは、部品の互換性による量産だ。以前このシリーズでネジと旋盤を取り上げた際、精度が精度を生み、互換性のある部品が量産を可能にすると書いた。ミシンはまさにその上に乗った製品だった。均質な部品を大量に作り、組み立てラインで仕上げることで、価格を下げていった。
もう一つは、意外にも売り方の発明である。当時としては高価だったミシンを、毎月少しずつ支払えばよい月賦販売という仕組みで売ったのだ。一括では手が出ない家庭でも、分割ならば買える。優れた機械があっても、それを人々の手に届ける仕組みがなければ道具は広まらない。発明は、事情・環境・他の道具が揃って初めて意味を持つ——このシリーズを貫くテーマは、針先の一工夫だけでなく、量産と月賦という機械の外側の条件までがそろって、初めてミシンが世界に広がったことにも当てはまる。
既製服という、新しい世界
ミシンがもたらした変化は、家庭にとどまらなかった。手縫いなら何時間もかかったシャツ一枚が、桁違いの速さで縫えるようになる。この速度が、あらかじめ仕立てて店頭に並べる既製服の産業を生み育てた。それまで服は、裕福な者があつらえるか、家庭で手縫いするものだった。ミシンは、既製の衣服を大量に、安く供給する道を開き、人々の装いそのものを変えていった。
一本の針の穴の位置を変える——たったそれだけの逆転の発想が、二本の糸の縫い目、量産される部品、そして月賦という売り方と結びついたとき、ミシンは家庭と産業の両方を作り替えた。道具は、中心となる一つのひらめきだけでは世に出ない。それを取り巻く条件が一つずつそろって、初めて社会を動かす力を持つのである。
次回は「#36 自転車——部品が出そろって、初めて『走れる乗り物』になった」をお届けする。 ミシンと同じく、いくつもの部品と条件がそろって初めて完成した、身近な機械の物語である。
出典・参考文献
- Grace Rogers Cooper『The Sewing Machine: Its Invention and Development』Smithsonian Institution Press, 1976
- David A. Hounshell『From the American System to Mass Production, 1800-1932』Johns Hopkins University Press, 1984