道具・発明の歴史

【道具・発明の歴史 #5】「祈りの鐘」が工場のタイムカードになるまで——機械時計・700年の物語

「時は金なり」という感覚は、人類の標準装備ではない。それは機械時計が作った感覚である。

日の出とともに起き、日が沈めば眠る。前近代の人々の一日は太陽が決めていて、「1時間」の長さすら季節で伸び縮みしていた(昼を6等分する不定時法では、夏の1時間は冬より長い)。では、誰が「伸び縮みしない時間」を必要としたのか。

最初の顧客は「修道院」だった——なぜ寝ずに祈る必要があったのか

答えは、中世ヨーロッパの修道士たちである。6世紀に書かれた「聖ベネディクトの戒律」は、一日を8回の祈祷(時課)に区切ることを義務づけていた。夜明け前の賛課(ラウデス)、朝の一時課、正午の六時課……そして最大の難関が、真夜中に行う朝課(ちょうか、別名「夜課(やか)」)である。日没から日の出までの「夜の真ん中」を知らせる必要があるが、この長さは季節で毎晩変わる。星を見張る、水時計を見る、決まった数の詩篇を唱えて時間を測る——修道士たちは長らくこうした人力の方法に頼っていたが、曇りの夜には星が使えず、誰かが徹夜で番をする負担も大きかった。必要だったのは、暗闇でも誰の手も借りずに動き続け、寝ている人間を起こしてくれる装置だった。

この装置を作れたのが、なぜ商人でも王でもなく修道院だったのか。理由はお金にある。中世の修道院は、貴族や地主が「自分の魂の救済のために」土地や財産を寄進する先だった。この寄進経済によって、修道院は当時としては莫大な資産を持つ組織になっていた。機械時計は、鍛冶職人が何ヶ月もかけて鉄を打つ、当時の最先端かつ超高価な精密機械である。実際、1330年代にイギリスのセント・オールバンズ修道院長リチャード・オブ・ウォリンガムが作らせた天文時計は、修道院の財力なしには実現しえない規模の投資だった。13世紀末〜14世紀初頭、こうしてヨーロッパの修道院や教会の塔に、重りで動く機械時計が現れる。

脱進機の仕組み——重りの「落ちたい」を「カチ、カチ」に変える

機械時計の心臓部は「脱進機(だっしんき)」と呼ばれる装置だ。頭の中で一つずつ動きを追ってみよう。

まず、鎖につながれた重りが、重力に引かれて下に落ちようとする。この鎖はドラム(軸)に巻きつけてあるので、重りが落ちる力はドラムを回す力に変わる。ドラムの回転は歯車列を通じて伝わり、最終的に「ガンギ車(冠型の歯車)」と呼ばれるギザギザの歯を持つ車を回そうとする。もしここで何も止めなければ、重りは数秒で一気に落ちきってしまい、時計にならない。

そこで登場するのが「アンクル(脱進機のツメ)」だ。アンクルは垂直の棒の両端に爪が一枚ずつ付いた部品で、ガンギ車を左右からまたぐように配置されている。ガンギ車が回ろうとすると、まず右側の爪が歯を一つ受け止め、回転を止める。しかしガンギ車には重りの力がかかり続けているので、その力が爪を押し、アンクルをわずかに傾ける。すると今度は左側の爪が反対側の歯の進路に入り込み、次の歯を受け止める。右、左、右、左——この繰り返しが、「カチ、カチ」という音になる。重りが落ちようとする連続的な力を、アンクルが等間隔の「粒」に区切り直しているのだ。この一往復にかかる時間がどれだけ一定かが、そのまま時計の精度になる。

初期の時計では、アンクルの上に「フォリオット」という水平の棒(両端に動かせる重りが付いている)を取り付け、この棒の振れ幅で速度を調整していた。しかしフォリオットの一往復の時間は振れ幅(どれだけ大きく振れるか)によって変わってしまうため、摩擦や重りの張力のわずかな変化で狂う。結果、当時の最良の時計でも1日15分ほど狂ったと伝えられる。

この弱点を解決したのが「等時性(とうじせい)」——振れ幅が変わっても一往復の時間がほぼ変わらない性質——を持つ振り子だった。ガリレオ・ガリレイは1583年、ピサの大聖堂で揺れるランプを見て振り子の等時性に気づいたと伝えられる。この原理を1656年、オランダの科学者クリスティアーン・ホイヘンスが実際の時計に組み込み、誤差を1日15分から1日15秒程度へ、およそ60倍改善した。さらにホイヘンスは1675年、金属のらせんばね(ひげぜんまい)で「テンプ」という円形の輪を規則正しく往復させる方式を考案する。振り子は重力頼みなので船の上や持ち運びには使えないが、ばねの復元力で動くテンプ式なら、傾いても揺れても一定のリズムを保てる。これが携帯できる懐中時計と、後述する船舶用の精密時計への道を開いた。

時計が「街の設備」になった——なぜ毛織物の町が競ったのか

14世紀、時計は修道院を出て市庁舎の塔に移る。イタリアやフランドル(現在のベルギー周辺)の商業都市が、競うように公共時計を建てたのだ。歴史家ジャック・ル・ゴフはこれを「教会の時間」から「商人の時間」への移行と呼んだ。

なぜこれらの町だったのか。フランドルとイタリアの都市は、当時ヨーロッパ最大の産業だった毛織物工業の中心地だった。羊毛を洗い、梳き、紡ぎ、織り、染める——工程ごとに多くの職人が関わる分業制であり、全員が同じ時間に働き始め、同じ時間に終えないと生産が回らない。さらにギルド(同業者組合)は、ろうそくの明かりで夜も働いて他の職人より仕事を稼ぐような「フライング労働」を規則で禁じており、その線引きのためにも客観的な「始業・終業の合図」が必要だった。塔の鐘が鳴れば市場が開き、職人の労働時間が始まり、終わる。

もう一つの理由が都市の威信である。ブルージュやヘントといった毛織物都市の鐘楼(フランス語でベフロワ)は、織物取引で得た富で建てられ、領主や教会から独立した「自治都市」であることを象徴する建物だった。どの町がより高く立派な鐘楼を建てるか、公共時計を持つかは、都市どうしの見栄の張り合いでもあった(これらの鐘楼群は現在、世界遺産「ベルギーとフランスの鐘楼群」として登録されている)。時間の支配権が、神から商業と都市の威信へ移った瞬間である。

そして時計は、このシリーズおなじみの「他の分野を変える道具」でもあった。精密な歯車列、カム、脱進機——時計工房で磨かれた微細加工の技術は、のちの計測機器、オルゴール、そして工作機械の技術的な土壌になる。18世紀に「時計職人」が織機や蒸気機関の部品を作った例は枚挙にいとまがない。時計は「時間を計る道具」であると同時に、「精密機械産業そのものの母」だった。

経度を制した時計——なぜ英国は懸賞金を懸けたのか

1707年10月、イギリス艦隊の旗艦アソシエーション号ほか4隻が、自艦の位置を見誤ってシリー諸島の岩礁に衝突し沈没した。犠牲者は1,400人から2,000人ともいわれる、イギリス海軍史上最悪級の海難事故である。

海上で経度(東西の位置)を知るには、「出発港の正確な時刻」と「現在地の太陽の位置から分かる現地時刻」の差を使うしかない。しかし当時、揺れる船上で温度変化にも耐えて狂わない時計など不可能とされていた。なぜイギリスがここに巨額の賞金を懸けたのか——それは、イギリスが貿易と海軍力で国を支える「海洋帝国」であり、経度を誤ることの代償が、一つの艦隊が丸ごと海の藻屑になるほど大きかったからだ。シリー諸島の悲劇はその代償を国民全体に見せつけた象徴的な事件であり、これを機にイギリス議会は1714年、「経度法」を制定する。特定の一人に発明を発注するのではなく、精度に応じて1万〜2万ポンド(現在価値で数億円規模)の段階的な賞金を用意し、条件を満たした者なら誰でも受け取れる——という、いわば「懸賞金による公募型イノベーション」の制度を設計したのだ。

独学の時計職人ジョン・ハリソンが、この賞金を目指して半生を賭ける。1759年完成の「H4」は、大西洋横断でも誤差わずか数秒。振り子ではなくテンプとひげぜんまいの技術を突き詰めた成果だった。時計が、大航海の生死を分ける航法装置になったのである(Sobel, 1995)。

工場を作った時計、地球を統一した時計

一方、陸の上では産業革命が進んでいた。工場は多数の労働者を「同じ時刻」に集めなければ回らない。汽笛、タイムカード、時間給——歴史家E・P・トムスンが描いたように、人間の労働が「作業の完成」ではなく「時間の長さ」で測られる社会が生まれた。さらに鉄道が走り出すと、町ごとにバラバラだった地方時は衝突事故の原因になり、1884年、世界は24の標準時間帯に区切られる。修道院の祈りの鐘から600年。時計は、地球全体の時間を統一してしまった。

腕の上のスマートウォッチが今日も刻んでいるのは、その700年の続きである。重りが落ちようとする力も、水晶の振動も、原子の共鳴も、原理は違えど「一定のリズムを数える」という一点で、あのアンクルの「カチ、カチ」とつながっている。

次回は、目立たないのに世界を支える「ネジと旋盤」。「精度が精度を生む」という、ものづくりの根源的な連鎖の話です。


出典・参考文献

  • ジャック・ル・ゴフ『もうひとつの中世のために——西洋における時間、労働、そして文化』(加納修訳)白水社, 2006(「教会の時間と商人の時間」)
  • デーヴァ・ソベル『経度への挑戦——一秒にかけた四百年』(藤井留美訳)翔泳社, 1997/角川文庫, 2010(原著 *Longitude*, 1995)
  • E. P. Thompson, "Time, Work-Discipline, and Industrial Capitalism", *Past & Present* 38 (1967)(工場労働と時間規律)
  • ルイス・マンフォード『技術と文明』(生田勉訳)美術出版社, 1972(「時計こそ近代産業時代の鍵となる機械」)
  • David S. Landes, *Revolution in Time: Clocks and the Making of the Modern World*, Harvard University Press, 1983/改訂版2000(修道院起源説・脱進機・毛織物都市・産業規律を通史として扱う定番文献)
  • 『聖ベネディクトの戒律(Regula Benedicti)』6世紀、時課(Divine Office)に関する諸章
  • セイコーミュージアム銀座「クリスチャン・ホイヘンス(1629-1695)」(振り子時計とひげぜんまいの発明)
  • UNESCO世界遺産「ベルギーとフランスの鐘楼群(Belfries of Belgium and France)」
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