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道具・発明の歴史

【道具・発明の歴史 #43】エレベーター——発明されたのは「箱」ではなく「落ちない仕組み」だった

人や荷物を上へ運ぶ装置は、少なくとも二千年前から存在している。ローマの円形闘技場では、地下から猛獣を檻ごと舞台へ上げる仕掛けが使われていた。中世の修道院や城砦にも、綱と滑車で荷を吊り上げる設備はあった。産業革命期の工場や倉庫では、蒸気機関につないだ巻き上げ機が当たり前に稼働している。つまり「上げる技術」は、十九世紀の半ばにはとうに完成していた。それなのに、都市の建物は長いあいだ五階か六階で頭打ちだった。足りなかったのは力ではない。誰も、その箱に乗りたいと思わなかったのである。

綱は、いつか切れる

理由は単純である。吊っているのは綱だからだ。

麻の綱は摩耗する。鎖は継ぎ目から壊れる。荷物なら、落ちても損をするだけで済む。だが人が乗っていれば話は別で、綱が切れた瞬間に箱は自由落下する。実際、工場の荷揚げ機では綱が切れる事故が珍しくなかった。だから当時の巻き上げ機は、あくまでモノを運ぶ機械として使われ、人は階段を歩いて上った。

そして人が階段で上がる建物には、高さの上限がある。荷物を抱えて六階まで毎日上がれるかどうかが、事実上の設計限界を決めていた。当時の都市の建物で、最上階は最も家賃の安い部屋である。屋根裏は使用人や貧しい住人の場所であり、金を持つ者は上りやすい二階か三階に住んだ。建物の価値は、下から上へ向かって下がっていた。

発明されたのは、箱ではなくブレーキだった

ここで登場するのが、アメリカの機械工エリシャ・オーチスである。彼が作ったのは新しい昇降機ではない。綱が切れても箱が落ちない装置だった。

仕組みは拍子抜けするほど素朴だ。箱を吊る綱には、常に張力がかかっている。その張力でばねを押し縮めておき、綱が切れて張力が消えた瞬間に、ばねが伸びて爪を押し出す。爪は昇降路の両側に立てられた歯付きのレールに噛み込み、箱をその場で止める。綱が生きているあいだは何も起きず、切れた瞬間にだけ働く。

問題は、これを人にどう信じさせるかだった。一八五四年、ニューヨークで開かれた博覧会の会場で、オーチスは自ら台の上に乗り、高く吊り上げられた状態で、斧を持たせた助手に頭上の綱を切らせてみせる。台はわずかに落ちて止まった。彼は帽子を取り、無事だと告げた。この実演は、機械の性能を示すためのものではなく、恐怖を取り除くためのものだった。一八五七年、ニューヨークの商店に、蒸気で動く客用の昇降機が据えられる。ここから、人が乗る箱としてのエレベーターの歴史が始まる。

エレベーターだけでは、高層ビルは建たない

もっとも、安全装置ができた瞬間に摩天楼が建ったわけではない。

高い建物を建てるには、まず建物自体が高さに耐えなければならない。石とれんがを積み上げる工法では、上を高くするほど下の壁を厚くする必要があり、一階が壁だらけになってしまう。これを解いたのが、安価になった鋼材で骨組みを組み、壁を「荷重を支えるもの」から「風雨を防ぐ膜」へ変える鉄骨造だった。さらに上階まで水を押し上げるポンプがいる。夜も働かせるための照明がいる。上と下で連絡を取るための電話(第39回)がいる。そして何より、その床面積を借りて事務所を構えたい企業が集まる都市経済が必要である。

発明は、事情・環境・他の道具が揃って初めて意味を持つ。エレベーターは、この条件表のうちの一行にすぎない。ただし、その一行が欠けているあいだは、他がすべて揃っていても建物は高くならなかった。逆に言えば、落ちないブレーキという小さな部品が、都市の垂直方向の使い方をまるごと書き換えたのである。

最上階が、いちばん高い部屋になった

エレベーターが普及すると、建物の価値の並びがひっくり返る。上るのに苦労しない上階は、静かで、見晴らしがよく、通りの埃と騒音から遠い。屋根裏だった場所が最上級の住居になり、日本語で言う「最上階」は、そのまま価格の最上位を意味する言葉になった。道具が変わると、同じ空間の意味が変わる。この連載で何度か出てきた現象が、ここでは家賃という数字にはっきり現れている。

もうひとつ、時間のかかった変化がある。運転手の廃止だ。技術的には、階のボタンを押すだけで動く自動運転のエレベーターは早くから可能だった。しかし乗客は、制服を着た人間が同乗していない箱に閉じ込められることを嫌がった。二十世紀の半ば、エレベーター運転手の労働争議で都市機能が麻痺した経験も後押しとなって、自動化は一気に進む。このとき業界が力を注いだのは、駆動装置の改良ではなく、非常停止ボタン、外部に通じる電話、そして「この箱は自動で動きます」と安心させる案内だった。ここでも、売り物は機械そのものではなく、安全と信頼のほうだった。

エレベーターは今、世界でもっとも使われている輸送機械であり、事故率のきわめて低い乗り物でもある。人はそれを、乗り物だとすら思っていない。落ちない仕組みが十分に行き渡ると、その仕組みは風景になる。

次回は「#44 ダイナマイト——爆発する力ではなく、運べることが発明だった」を予定している。 ニトログリセリンという猛烈な爆薬は、ノーベルより二十年も前に作られていた。ではノーベルは、いったい何を発明したのか。

出典・参考文献

Andreas Bernard『Lifted: A Cultural History of the Elevator』New York University Press, 2014

Jason Goodwin『Otis: Giving Rise to the Modern City』Ivan R. Dee, 2001

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